そこに、いつごろ創建されたのかわからない古い塔が、一面に生い茂った葦原に囲まれて立ち尽くしている。風が吹くと葦原がざわざわに唸りだす。なぜか、懐かしさに一杯になる、あの塔…。ずっと探し続けている。塔の秘密を解き明かすのは誰? 
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  大竹さんは語る。 「さんまさんは“母親の手荒れは子どものために尽くした証”と、愛しいと思うタイプだった」

上記から、さんまさんのエニアタイプが本当にタイプ7w6であれば、大竹さんの推察は半分くらいは当たっています。

タイプ7は母親を強く求めるタイプです。母親の愛情が自分一人に注がれることを望んでいます。ですから、母親が子どもの看病などから手が荒れたのではあれば、それは愛の証となり得るものです。

上記は、さんまさんが語っていることではありませんが、彼も、妻が母親として我が子に尽くすことは喜ばしいものになるでしょう。

でも、妻の時間とエネルギーがほとんどが子どもに注がれている、と、さんまさんか感じていたならば、これは大変に由々しきことです。

タイプ7にとっての大きな存在は実母、妻、実子という順位で、その順位で愛情を注ぐという傾向があります。というよりは、「長男気質」ゆえ、母や妻からは愛情を注がれたいほうで、娘であれば注ぐほうになります。

しかし、たとえ愛すべき娘であっても、妻が自分よりも娘にばかり愛情をかけて、自分のことは忘れられている、と感じたら、それはかなり嫌なことに入ります。

一方、タイプ2の妻の多くは、夫よりも過度に子どものほうに関心が向く傾向があり、子どものことで手一杯になることがよくあるタイプです。

タイプ2にとっての大きな存在は、子どもが生まれると、実子、夫、実父という順位になる傾向があります。

でも、全てのタイプ2にあることではなく、たとえば、夫、娘、父親という順位になることもあり、個々のケースで違うものゆえ、杓子定規に捉えないでくださいね。

タイプ2は、とくに息子の場合は過度になりがちで、夫も父親として息子の心配をするべきだと思い込んでしまうのです。夫が子の心配をあまりしていないとわかったら、父親失格だと捉えてしまう恐れも多々あります。

でも、タイプ7の夫にとっては、妻が子どものことばかりにかまけて自分のことはおざなりであったら、妻と結婚した意味も価値もありません。

タイプ7は妻に過度に関心が向く傾向があり、妻との楽しむべき時間を娘に奪われていたならば、娘でもライバルになることがあります。息子ならば存在するだけでライバルになることもあるほどです。

息子になど金をかけたくないと思うほどに落差がある場合もあります。むろん、一人息子で、かつ愛らしいと感じる息子であれば可愛がることもあります。これも個々のケースで違いがでてきます。

さて、こういうことを大竹しのぶさんは果たして知っているのでしょうか? 

さんまさんが妻と同じタイプ2だとしたら、大竹さんの推察の多くは当たりますが、タイプ7であれば、「エニアグラム性格学」を学ばない限り、永遠に知らないままになりそうです。

多くの人たちが、ある対象に過度になりがちで過剰に反応してしまうのです。

どのタイプも、どの人も「適度」になってほしいと、私はよく思うのですが、誰にとっても「適度」というのが難しい。

適度になれるようにするには、自分は或る人間には過度で過剰気味になりやすいのだと知らねばなりません。

でも、多くの人たちはそれを知りません。自分は普通だ、ごく自然で、当然の反応だと思っているのです。

自分という人間を客観的に知る方法を知らねば、それに気づくことはないのです。

また、他のタイプと比較して見られるようにならねば、永遠に自分を知ることはできないと考えられます。

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