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そこに、いつごろ創建されたのかわからない古い塔が、一面に生い茂った葦原に囲まれて立ち尽くしている。風が吹くと葦原がざわざわに唸りだす。なぜか、懐かしさに一杯になる、あの塔…。ずっと探し続けている。塔の秘密を解き明かすのは誰? 
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朝食時にニュースを聴こうとテレビを付けることがあります。なんと昨日の朝ネットで見つけた記事が一日遅れで取り上げられています。

番組は「モーニングバード」で、原発に関しては批判的にとり上げているところなのでイラつかずに済んでいました。

しかし、以下の東京新聞に載っているようなことは取り上げていません。

★茨城県民の歌「歌えない」 原子力礼賛の3番に疑問
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013021890135147.html 

「歌詞の原作者の川上宏昭さんは、応募では「原子」という言葉を用いておらず、比喩的に東海村の隆盛を描いたという。有識者らでつくる当時の審査委員会が原子力を強調する手直しをしたらしい。川上さんは「歌に関わった人に迷惑がかかる」と多くを語らない。

世紀をひらく
 原子の火
寄せる新潮 鹿島灘
このあたらしい 光をかかげ

みんなで進む足なみが
あすの文化をきずくのだ
いばらき いばらき
われらの茨城


原子力村の圧力があったと考えられるようなところです。そこを番組では取り上げない。イラつきました。

作詞者は、「関係者に迷惑をかける」と言う。作詞したものにとって書き換えられるのは不愉快なことだと思うのです。

作者は日本人的な配慮をしているつもりなのでしょうが、本当なのでしょうか。実際は「腹が立ったが我慢した」のかもしれません。

また、
「“世紀をひらく原子の火”は、この時代でしかありえないものだろう。もちろん当時の作詞者は原子力発電がこうなるとは予想だにしなかったわけで、まったく責任はないのである」などと書いてあるサイトも見つけました。

しかし、「責任はない」のでしょうか。一企業を賛美しているともとれる歌詞を、県の歌にしていいのかな。あなたはどう思われますか?



ところでこのサイトを書いた人は30代以上であれば茨城県民ならばみな歌える」とあります。これにはさらに驚きました。

同様に、福島県歌も県民たちの多くは歌えるようです。

県歌というものがあるなど、このニュースを聴くまで知らなかったのですから。愛知県歌を知っている人など、愛知県民に果たしているのでしょうか? 

第一、県歌を作るという発想はどこから来たのかと探してみました。

なんと、
ウィキペディアには、「ほぼすべての都道府県が歌を制定している。第二次世界大戦降伏後に連合国軍最高司令官総司令 (GHQ/SCAP) の奨励を受けて作られた歌」があるという。また、そうではない歌もあるそうです。

ネット上で見つけた記事にあります。
栃木の「県民の歌」ほど、みんなに愛されている県歌はないでしょう。嘘だと思ったら、身近な栃木県出身者に聞いてみてください。老いも若きも、8割くらいは歌える」

違和を感じますね「小学校から、町の運動会、スポーツ大会、成人式、地域の行事でもごく普通に歌う」という辺りが、とくに不可解です。

行事ごとに歌うなど、どこかから押し付けられたもののように思えるのですが、私の邪推でしょうか? 

歴史の真相を知れば知るほどに、国民は洗脳されている、そういうもの日常的にずっと晒されていることを知った今では、邪推ではないと思えるのですが…。

また、県歌の歌詞は、時代を反映しているように見えますが、今ではダサイという感じがします。

幾つかの県歌を見ると、「若い」という形容詞がよく使われています。

鹿児島県歌では「わかき鹿児島」ですが、動画にもあるように、
福島県歌は1~3番まであり、「わかい理想をかざして・若い血汐を燃やして・若いあこがれ結んで」などとなっています。

敗戦後(終戦後ではない)の昭和20年代に作られたものが多いので、若者が多かったのでしょう。

現在では、地方の高齢化はそうとうに進んでいます。なにかちぐはぐな印象が残ります。時代を超越できる歌詞のほうかよいのではと思うのですが…。

(年寄りではダメなんでしょうか? 年寄りのことも歌い上げてくれなきゃ片手落ちだろう、って思ってしまう)

ちなみに、秋田県歌は古そうな歌ですが、格調高くろうろうとしたという印象の歌です。これも調べてみました。なんと昭和5年(1930)に作られたものでした。

★秋田県歌http://www.youtube.com/watch?v=kY-7dGQH4WQ

でも、この歌詞の内容がよく分かりません。めったに見かけず知らない文字もあります。これも、ウィキペディアに載っているもの見ると面白い。

3番が忌避されることも多い。これは歌詞が秋田県の源流となった久保田藩が四面楚歌の状況下で錦旗を守り、苦戦の末に奥羽越列藩同盟に勝利したことを称えているが、秋田県内には新政府に「朝敵」とされた亀田藩南部藩の領域だったところもあるためであるとしている。もっとも、これは県内最大の新聞社秋田魁新報が先導したためともいわれている」

つまり、その時代では力のあったマスメディアが圧力をかけたのではと考えられます。県歌が、こんな調子で作られていたんですね。

やっぱり洗脳の一つと言えそうです。なお、参考に3番目の歌詞を載せます。


篤胤信淵巨人の訓 久遠に輝く北斗と高く 錦旗を護りし戊辰の栄は 矢留の城頭花とぞ薫る 歴史はかぐわし誉の秋田

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