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福島県の沿岸で、二枚貝のアサリの模様に東日本大震災の影響とみられる異変が起きていることが、東邦大学の大越健嗣教授らの調査で分かった。
9割の個体で殻の途中に溝ができ、それを境に色や模様が変わっていた。津波で環境が激変したことによるストレスが主因とみられるという。
「福島原発事故はわれわれが考えるよりはるかに危険」パート3
http://ex-skf-jp.blogspot.com/2011/06/blog-post_07.html
「福島原発事故はわれわれが考えるよりはるかに危険」 パート4
http://ex-skf-jp.blogspot.com/2011/06/blog-post_10.html
ちなみに、パート1とパート2は、当ブログ6/08にて取り上げています。
私からは押し付けたいわけではありませんが、どうあっても読んで頂きたいものの一つです。
具体的な対処法などもあり、丁寧で詳しい情報ばかりです。
人を傷つけたら傷害罪で訴えられるのが法治国家ですよね。それならば、福島第一原発の事故によって放射性物質が放出されたことによって、外部被ばくを受けてDNAを傷つけられたのであれば、傷害罪で訴えることができるのではないでしょうか。
また、業務上過失傷害罪で訴えることができないのかと、刑法なるものを生れて初めて調べる気になりました。
すると、第二編、第二十八 過失傷害の罪 第二百十一条に、「業務上過失致死傷等」という項目がありました。
「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。」
となれば、放射能が体内にあると検知されて、それが福島原発由来のものだと立証できたならば、業務上過失傷害罪で立件できるのではないでしょうか。
5年以下の懲役か50万円の罰金でも、東電他全ての関係者たちに支払わせるのであれば、少しでも恨みを晴らせるかもしれません。
告発状の書き方というサイトも見てみましたが、なにかないかと、そんなことまで考えてしまいます。とくに昨日のニュースはどうにも痛ましく耐え難いものでした。
相馬の酪農家自殺、「原発なければ」と書き残し 6/14
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110614-OYT1T00091.htm?from=tw
「福島第一原発の事故で、牛を処分して廃業した福島県相馬市の酪農家男性(50歳代)が「原発さえなければ」と書き残して自殺していたことが13日、わかった。関係者によると、男性は今月11日、小屋で首をつった状態で見つかった。小屋の壁に白チョークで「仕事する気力をなくしました」「残った酪農家は原発にまけないで」と記していた。
男性が住む地区は当初、加工前牛乳が出荷停止となり、男性は乳を搾っては捨てていた。今月初旬までに約30頭を処分した。男性は親の代から酪農を続けており、姉は本紙の取材に「(弟の死は)子どもたちのことを思えば話したくない。しかし、原発の件は訴えたい」と語った。
酪農家仲間だった男性(51)は「避難区域ではないため、補償はないだろうと繰り返していた」といい、農業男性(53)は「連絡をとるたびに『原発ですべてを失った』と悩んでいた」と話した」
ツイッターで見つけたものもあります。
「悲しいね。“「残った酪農家は原発に負けずにがんばってください”ってチョークでかいてあったよ。他の酪農家の方が“(書置きの悔しい思いを)なるべくたくさんの人に伝えていきたい”って。テレビが伝えてくれたのは亡くなった方のことだけど、同じ悲しみの人がたくさんたくさんいるってことだよね…。」
なお、「業務上過失致死の業務とは、人がその社会生活上の地位に基づいて反復継続して行う行為で、他人の生命、身体に危害を加える恐れのあるものをいいます」とあります。
自殺においやった責任も問いたいです。犯罪として罪を問いたい。それは無理なことなのでしょうか。法律に明るくないので、メチャクチャなことを言っているかもしれませんが。
そして、悲しいことですが、「原発」に勝ことなんかできないんです。原発を無くすことはできるかもしれませんが…。
★イタリア、原発の是非などを問う国民投票成立。56・99%の投票率。
原発反対票が94・53% 6/13 毎日新聞
http://mainichi.jp/select/world/news/20110614ddm001030103000c.html
★ローマ法王、再生可能エネルギー利用提唱
原発再開のイタリア国民投票前に 6/10
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110610/erp11061020230012-n1.htm
カトリック信者は10億くらいいるらしい。そこからすると、風向きは脱原発の方向なのか。そうなるといいが…。
ところで、関野さん、やっと沖縄に到着したらしい。日本の今のあり様は知らずにいたのだろうか?
★丸木舟で4000キロ 人類移動たどる旅、沖縄で完結
http://www.asahi.com/national/update/0613/TKY201106130328.html
探検家の関野吉晴さん(62)、「お帰りなさい」
小出裕章さんの著書「隠される原子力…核の真実」を読み始めたところです。その中に、岡部伊都子さんの詩が紹介されていました。「うったらあかん」というタイトルです。
「うったらあかん」 岡部伊都子作
友達を 売ったらあかん
子どもらを 売ったらあかん
まごころを 売ったらあかん
本心を 売ったらあかん
情愛を 売ったらあかん
信仰を 売ったらあかん
教育を 売ったらあかん
学問を 売ったらあかん
秘密を 売ったらあかん
こころざしを 売ったらあかん
大自然を 売ったらあかん
いのちを 売ったらあかん
自分を 売ったらあかん
自分を 売ったらあかん
岡部さんは、かつて「君やふるさとのためには死ねるが、天皇のために死にたくない」と言った許婚(いいなづけ)を、「天皇のために死んで来い」と言って戦地に送り出した」ことがあるようです。女学校で教えられるままに、そんなことを言ってしまったようです。軍国少女だったんですね。
この頃の日本を見ると、教育を売ったり、学問を売ったり、大自然を売ったり、いのちを売っている、そんな人たちばかり活躍しており目立ってもいます。
あの山下俊一なんとかという男は二枚舌を使っていたようで、子どもらを売り、本心を売り、学問を売り、秘密を売り、その他、ほとんど該当しそうです。
で、そういう人に限って、「自分を売っている」などという自覚はないのではと思います。というよりも、「自分を売って何が悪い、みんな何か売っているだろう」だなんて言うんじゃないでしょうか。
つまり、大きな間違いを犯していることさえ気づかないのです。
ところで、この詩は、私には少し距離感があります。ここに該当しそうな何かを売ったという体験がないように思うのです。ずっと落ちこぼれのほうでしたから、買ってくれそうな機会に恵まれなかった(?)ことが幸いしていたと思うのです。
でも、よくよく考えたらあるのかもしれません。気づかないのだとしたら、私も重症ですね(もう死にたい!笑い)。
この中では、「自分を売ったらあかん」というのが、もっとも自分の感性に近いのですが、それよりも、山本太郎さんの言った言葉のほうがピッタリとフィットします。
この期に及んでも、何も行動しないでは、「僕は自分を許せない」です。ですから、今は、どうしたってエニアグラム一つに絞ることはできないんです。
エニアグラムについて語る時、考える時はとても幸せな時間です。でも、日本中がこんなに過酷な状況の中にいるのに…、好きなことだけしていたら、自分で自分を許せなくなってしまいます。そうなったら、本当にもう自分はおしまいですから…。
私は大食家で嫌いな食べ物は一つもありません。しかし、野菜中心の献立をもう何十年も続けています。そのお蔭なのかわかりませんが大病を患ったことはありません。でも、少食にしないと長生きはできないみたいですよ。
普段は、肉がほんの少々で、添え物扱いです。とくに好きなのは青魚で、アジのタタキとかサバ寿司やサンマ寿司を作ることがよくありました。でも、それも4月末までのことです。
それまでは、もう食べられなくなると思い、「最後の晩餐」などと言って刺身類ばかり食べていましたが、5月からは魚類はめったに食卓にでません。
むろんのこと放射能を恐れてのことです。この年齢ですから何を食べてもいいとは思うのですが、気分的にその気になれません。
また、とてもおいしい棒茶を金沢から取り寄せていましたが、静岡茶もブレンドして使っているところでした。
それで気になり、どこの静岡茶なのかメールで尋ねましたが回答してくれません。二度もメールしましたが。それでこのお茶屋からは買わないことに決めました。
「安心できるお茶を提供しています」と、一番最初のページに書いてあるんですよ。それなのに、無視されてしまったのです。
誠意のあるところなのか、倫理意識の高いところなのかを知っておくことは大切なことだと思います。
ちなみに、タコやイカなどは比較的体内にセシウムを蓄積しないと知り、西日本海ものならば食したりします。それ以外の産地ならば食べないようにしています。
(産地偽装もあるので要注意ですが。かまぼこなど練り製品に混入する恐れもあり、これらも購入しない予定です。でも推奨しているのではないので誤解しないでください。わが家族だけで決めていることです)
むろん、米と野菜は当地ものにします。また、家庭菜園があり、野菜作りはずっと続けていく予定です。
これから子どもを産む予定の方たちはもっと注意が必要かと思います。これから50年70年と放射能とつきあって行かねばならないのですから。
必要な注意を払うためには、放射能のことを知らねばならないでしょう。ご紹介しているものは、イラスト入りでわかりやすいと思いおすすめしています。また、魚好きな人にお勧めしたいサイトも併せて載せます。
★外部被ばくと内部被ばく わかりやすいイラスト付き
http://change2011.blog.fc2.com/blog-entry-11.html
★あそこの、あの魚は大丈夫ですか?Part2
http://katukawa.com/?p=4626
★水産物の放射性セシウム汚染の地理的な広がり
http://katukawa.com/?p=4598
核のごみキャンペーン中部・安楽知子さんの話 6 11脱原発あいちB
動画をアップされた方のコメント
6月11日、名古屋の中心部で、「6.11 脱原発100万人アクションin あいち 放射能の電気はイヤン! 原発サヨナラ大行進」が開催されました。
前日の10日から11日の朝にかけて、かなり強めの雨が降っていましたが、午後の集会前にはなんとか晴れて、800人の参加者(主催者発表)が集まりました。
集会では300人ほどでしたが、デモになると人が増え、入れ替わり立ち代りで常時600人ほどがいたので、のべ800人の参加がありました。
脱原発ウチワ、手作りサウンドカーなども登場して、オールドスタイル中心ながらも、近代化(?)の努力のみられるデモとなりました。
デモ出発前の集会で、核のごみキャンペーン中部・安楽知子さんが話をしています。デモ隊は名古屋の中心部をとおり、中部電力の前を通過。中電前では20人ほどの在特会の人たちの歓迎(?)をうけ、とくに問題もなく終了しました
ちなみに、ウィキによると、在特会とは「在日特権を許さない市民の会」の略称で、在日韓国朝鮮人が握る在日特権を日本からなくすことを目的に設立されたところらしい。
受講生たちと話し合いをしているうちに、考え方というか捉え方がクッキリと2つに別れたことがあります。
それは、2006年6月に奈良県で起きた事件に関するものです。16歳の少年(Aとする)が父親の厳しい教育指導があり、どうやら追い詰められて放火し、継母と弟と妹を死なせてしまったというものです。
この父親は医師ですが私大出で、それに引け目を感じて息子のAには国公立の医大に進学させようと暴力的な指導をしていたようです。それを一部ですが転載します。
「塾や英会話学校がない日、Aは夜7時半から12時頃まで自室ではなく父親の書斎で勉強をした。目の前には父親が黙って座っていて、問題を解くのが遅かったり、間違えたりすると、父親は こぶしで殴ったり、髪の毛を引っ張ったり、殴り倒してから足蹴りするというような暴力である。ある時にはシャープペンシルを頭に突き刺したこともあった。Aの前歯2本は殴られたためか差し歯だが、折れた時のことは覚えていないという。」
これほどの指導を受けたために、いつしかAは父親に殺されるかもしれないと恐怖し、殺される前に殺そうと計画を立てたようです。しかし、その夜、父親が宿直で自宅にいない。明朝のことを考える怖くて放火したというものです。
1つは、「暴力的な指導に関しては否定的だが、子への思いが強かったためだろうと、根本の動機に対しては肯定的な解釈をする」グループです。
もう一つは、「子への思いが強いことを肯定的に見られない、単に自分の思いを押し付けているだけで、本当に子どもを思っているとは言えない」と考えるグループです。
前者はタイプ2w1と判定している人たちだけで占められました。後者はそれ以外のタイプです。ちなみに、後者のグループにいたタイプは、2w3 4w5 7w7 7w8 9w1 9w8です。
同じタイプ2でも、w3とw1とは、考え方が違っています。その場に2名の2w3がいました。
なお、そのうちの1名は私ですが、子どもに対して暴力的になること自体が考えられません。教育熱心な人たちを身近に見ていましたが、ずっと違和感を感じていました。もう一人の2w3も同意見です。
でも、お母さん気質の人たちが、子どもへの思いが強くなるのは当然のことだと思います。しかし、それらの思いは良い方向に行く場合もあるかと思いますが、この事件のような悲劇を生むことがあります。
そして、他のタイプの親たちは子どもへの思いはあっても、それほど強くはなれません。子どもには子どもの人生があると考えてしまうのです。
あるタイプ4の母親が述べていたことが忘れられません。「私にはホームレスになる権利だってあるんだから!」と怒りを露わに出していたことです。
彼女の母親(2w1で1のウイング重い)はかなり教育熱心だったようです。しかし、彼女のほうでは母親に対して憎しみさえ抱いていますが、母親のほうはそれを知らずにいます。
ちなみに、子への思いは強くとも、それは主に息子に対して強く出るもので、娘の場合は放任主義的になることもあり、個々に違うのは言うまでもありません。
さて、「親がなくとも子は育つ」と言いますが、「親があっても子は育つ」という言い方もあります。どちらもすごく深い意味があるように思います。
Donal Lunny & Paddy Glackin - Traditional Irish Music from LiveTrad.com
アイルランドの首都ダブリンで行われた“ミュージシャンズ・オブ・アイルランド“
日本の人々との連帯”チャリティ・コンサートの映像
「東電の不作為は犯罪的」IAEA元事務次長一問一答
2011.6.11
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110611/erp11061120230007-n1.htm
「東電は巨大で、すべてを知っていると思い込んでいた。神様のように尊大に振舞った。東電が原子力安全規制当局に提出していた資料には不正が加えられていた。これは東電が招いた事故だ」
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