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稲が十分生育してないにもかかわらず、稲刈りをすることになりました。
写真の左のほうは、「自然農法」の田んぼです。葉が黄色く色づいています。早稲の苗を植えたからです。
右のほうの田んぼは、「冬水田んぼ」という農法で、晩生の苗ですから、葉の色はまだ緑がかっています。
2つの農法にトライして比較しながらやってみましたが、自然農法のほうが実りが多そうです。しかし、「冬水田んぼ」のほうは、雑草類も多種あり、蜘蛛や昆虫、蛙なども多種です。
歩くたびに蛙が驚いて飛び跳ねるほどで、数も多いため、蛇もよく見かけます。絶滅危惧種も見かけており、さすがエコ農法です。
ちなみに、一緒に米作りをしている友人は草花や生き物たちの名をよく知っています。田んぼで作業していたと思ったら、かがんで地面見つめて、「ちょっと来てぇ!」です。
「ほらキクモよ…」と指差して説明してくれます。「ほら見て!」の連発です。その他、イボクサ、コナギ、オモダカ、アゼムシロなどもあるという。
なお、「夜は(田んぼが)イノシシのホコテンになってしまう」と気が気ではないみたいです。イノシシ避けになると思うのか、タバコの吸殻を田んぼに撒いたり、トウガラシを撒いたり…。
なんと、自分の使っていたタオルや手袋なども、臭いに敏感なイノシシ避けになると考えてか柵にぶら下げています。そんなことで効果があるとは思えないのですが…。
とまあ、そんなわけで、予定より早く稲刈りをすることになったのでした。写真・上は、刈り取った稲を「はさぎ」に架けたところです。一週間ばかり干して、晴天が続けば脱穀ができるようになるそうです。
このはさぎは、田んぼのオーナーが作っておいてくれました。また、稲の束ね方を教えてくれるご近所さんなど、周囲の人たちにいろいろなことで助けられています。
写真・下は青大将が、カエルを飲み干しているところです。ひめいのような鳴き声を聞きつけて駆けつけると、はやカエルはぐったり。1メートルはある蛇で真正面から見ると迫力があります。(写真をクリックすれば拡大されます)
ところで、刈り入れのために応援の人がひとり駆けつけてくれましたが、稲刈りは朝の9時半から6時半ころまでかかりました。途中、昼食や休憩で2時間くらいかけたかもしれません。
4人で稲を束ねてはさぎにかけるまで、約7時間にかかっています。近頃は夜になるのが早くなったので、真っ暗な中、車のライトを点けて作業を続けたのですから、今、あちこちと体が悲鳴をあげています。
来年もトライできるのかと、ちょっと後ろ向き…。
「人を避けたり拒んだり、隠したり、偽ったり、傷つけたりする態度の原因に羞恥心があることは、ぼく自身にもよくわかった(P153)」 これは、映画「愛を読むひと」の原作本(朗読者)に載っている文です。
3ヶ月前の7月2日にも取り上げていますが、この映画の主人公が無期懲役刑に服したのは、強い羞恥心が原因の一つでした。このようなストーリーを考えつくのですから、作者のシュリンクさんは羞恥心の強い気質だと考えられます。
原作には、「他の学生たちが、恥じることの苦しみを克服できることをうらやましく思った(P196)」という文もあります。なお、シュリンプさんはタイプ4ですが、このタイプだけでなく、優等生気質(=防御タイプ1・7・4)の3つのタイプはともに羞恥心が強い人たちです。
ところで、羞恥心がさほどに強くない攻撃タイプ(=世界の中心にいると自己認識するタイプ8・2・5)の「恥」に関しての捉え方が面白いんです。結論から言うならば、「恥をかけ」と力説しています。
たとえば、アントニオ猪木さん(2w1)は、「馬鹿になれ とことん馬鹿になれ 恥をかけ とことん恥をかけ、かいてかいて恥かいて 裸になったら見えてくる 本当の自分が見えてくる」と自作の詩集の中で説いています。
作家の山田詠美さん(2w1)も、「恥をかけない大人にはなりたくない 恥ずかしいもの」と、著書「学問」の中で書いています。
次ぎは或るブログにあったものです。「恥を知り、恥を恐れ、しかしそれでも恥をかける者は勇敢な者である」 他の文章からも明らかにタイプ2と判定できた人の文です。
しかし、優等生気質の人たちの行動の取り方、心情、反応などを知ると、その多くが強い羞恥心が原因だと考えられるほどです。極端には殆どのことが、「恐怖心と羞恥心」から生じているものだと言っても過言ではありません。
このようなタイプに「恥をかけ」と説いても、果たして受け入れられるでしょうか。一方、攻撃タイプ(825)は、恥をかくことが人間的な成長とか、社会的成功につながるという考え方らしいのです。しかも、「勇敢な者である」とさえ説いている方もいます。
ところで、恥じないように努めても、失敗はどのタイプでもします。しかし、「恥をかけ」と激を飛ばすタイプ2は、全タイプ中で最も粗忽な気質です。
このタイプはミスや失敗も多くなりがちですが、懲りない一面もあり、過ちも忘れやすいほうです。それで気楽に再挑戦もできるのでしょう。このような気質であれば、恥をかけ! とか、挑戦することに意義がある!などと言えます。行動的にもなれるでしょう。
しかし、攻撃タイプ以外であれば、恥をかいたら苦しみが強すぎて、立ち上がりは容易ではありません。でも、慎重な気質も兼ね備えています。そのお陰でミスや失敗も少ない人たちです。
このように両タイプの特長を掘り下げると、「気質」というものがうまくできていることがわかって頂けるのではないでしょうか。
ですから、他の人たちへのアドバイスは、タイプを知ってからにしたほうがよいのではと考えられます。
タイプ2の受講生に尋ねたことがあります。「やさしさ」についてです。何をもってやさしいと思うのか、それがわからなかったためです。
「うちの娘(7w6)はやさしいんですよ」とある受講生が言うので、どういうところが優しかったんですかと尋ねると、「私が腹を立てて叱っても、黙ったままで言い返さなかったところです」。
ある受講生は父親(1w2)はやさしい、と言うので、どこが?と尋ねると、「夏、夕方の暑いときにワラビもちを買ってきて!と頼んだら、買ってきてくれたからです」
なんと、お使い賃を父親に手渡してパシリさせている! 弟や妹に頼むのであればわかるのですが…、大ビックリです。
ある受講生は、自分の母親(9w1)はとてもやさしい人だと言うのです。「一度も叱られたことがないからです」とのこと。これにも驚きました。
ある受講生は、「母親(6w7)が、手作りのおやつを作ってくれたことがあります」 これにも、「ええっ!」です。おやつを作ってくれたくらいで、「やさしい」に該当するのでしょうか。
ある受講生は、「うちの息子たち(兄4w5弟9w8)はみなやさしいんですよ。ケンカしたことが一度もありません」 う~ん…、私は考え込んでしまいました。
ある新婚の受講生は、「夫は、歩道を歩くときに私が車道側にならないように気遣ってくれます」 これは、なんとなく該当するような気がしますが、それでも腑に落ちません。みなさんはどう思われるのでしょうか。
家族のタイプを知りたいというので、いろいろなお話をしてもらうのですが、その折に、「やさしい」という言葉を使う人たちが結構います。そこで、どういうところを指して言っているのか尋ねてみたのです。
このように、大変に面白いことというか、思いがけないことを言う人たちが、タイプ2に多かったということがあります。むろん他のタイプにもあります。
他のタイプでも、「そりゃあ、やさしい人だね!」と同意できることは少なかったんです。一体、「やさしさ」って何なんでしょうか?
さて、この夏の思い出は暗くて苦しいものばかりだとしたら、グロリア・ゲイナーの元気の出る曲を聴いてみてはいかがでしょうか。
「I WILL SURVIVE」は、70年代にヒットした曲です。「あんたなしでも、私はちゃんとやっていけるわ」という失恋の曲ですが、逞しいエネルギーを感じられるものです。
グロリアのYOUTUBE画像→http://www.youtube.com/watch?v=Tth-8wA3PdY
歌詞
↓
At first I was afraid I was petrified.
Kept thinking I could never live without you by my side.
But then I spent so many nights
Thinking how you did me wrong. And I grew strong!
And I learned how to get along!
So now you're back from out of space.
I just walked in to find you here with that sad look upon your face.
I should have changed that stupid lock!
I should have made you leave your key!
If I had known for just one second you'd be back to bother me.
Go on now, go, walk out that door!
Just turn around now
cause you're not welcome any more.
Weren't you the one who tried to hurt (crush) me with goodbye?
Did I crumble Did I lay down and die
Oh no, not I! I will survive!
Oh and as long as I know how to love I know I stay alive.
I've got all my life to live, I've got all my love to give.
And I'll survive! I will survive! Hey, hey.
なお、26日づけで、犬のページの記事を更新したことをお知らせします。以下です。
タイトルは、「女王さまのような犬を躾ける方法」です。
http://www.mirai.ne.jp/~ryutou-m/eneagram/active/page17/memo/9.htm
女王さまのような犬は、タイプ7w8で、飼い主の男性はタイプ4w3です。「躾ける」という言葉はちょっと好きになれないものですが、なんとなく使ってしまうようです。
とくに、怒ったり、手をあげて躾ける、ということにかなり抵抗を感じます。また、犬や動物は、そのような躾け方ではうまく行きません。犬でも人間でも同じです。手荒な方法では、よい関係は築けないのではないでしょうか。
かなり以前、学生や20代くらいの男女20人くらいで合宿をしたことがあります。一晩中、眠らないでエニアグラムの話で盛り上がったのです。今となっては楽しい思い出になっています。
その折に、青年の一人(タイプ6w5)が、ちょっと遅れて参加しましたが、空いている席は隅っこしかありませんでした。「えぇっ! こんな隅っこなの…」と不愉快そうな顔です。「じゃ代わりますよ」と席を譲った女性(タイプ2w1)がいます。「私、席なんてどこでもいいから」とのこと。
それ以前の合宿では、タイプ9w8の男性がサッサと上席に付いたことがあります。周りの参加者がどうぞと席を譲ったせいでもありますが、ちょっと堂々としており大抵会話のリーダー役をするので自然にそんなことになったのでしょう。
タイプ4w5はやっぱり隅の席に座りました。目立たない席のほうが居心地がいいみたいです。その他、タイプ9w1の人や、2w3の人もいましたが、どの席でもかまわないようでした。
そんな体験をして、どうやら、9つのタイプは居心地のいい席というものがあるらしいと次第にわかってきたというわけです。
まず、タイプ3と6は上席には座りたがらないが、隅っこでは嫌みたいです。お母さん気質のタイプ2はみんなのホステス役みたいなこともするので、選り好みせず、どの席でもいいみたいです。でも、主席はあまり座りたがらない人もいます。
むろん、タイプ8ならば主人席というか最上座こそ自分の座る席だと心得ているのではないでしょうか。そして、タイプ7はお誕生席が好みのようです。みんなから注目を浴びられる席です。
タイプ1と5は気楽に席を外せるような場所がいいのかもしれません。あまりお目にかかれないタイプなので確認はしていません。予想しているだけです。
でも、こんな様子を知ると、エニアグラムの気質はすごいところまで関連しているのだと、感心してしまいます。
なお、気質(=性格タイプ)というものは本能的な行動パターンで、それが大まかには9つあるということが、当エニアグラム性格学の主たる考え方です。それぞれが居心地の良い席を選ぶということも、本能的な行動パターンゆえ、必然的にそうなるのでしょう。
8・3・7という3つのタイプの男性は、男性性の強い気質です。(これに関する理論は次ぎに掲載しています。→http://www.mirai.ne.jp/~ryutou-m/eneagram/active/page15/15-1~/15-42.htm)
このタイプの男性作家が、女性の顔や姿などを描くと、どこかゴツイ感じになり、女性っぽく見えないことがよくあります。
ところが、タイプ2の男性作家が描くと、そのようにはならない場合があります。女性性が強い気質ですから。手塚治虫さんの描いた女性たちも愛らしい顔立ちです。
でも、むろんタイプ2のマンガ家たちの全てが女らしい女性キャラクターを描けるというものではありません。誤解しないでくださいね。837の男性でも女っぽい顔立ちに描くことはできるはずです。
絵が得意であれば、どのタイプでもうまく描けるだろうと思います。ちなみに、絵のうまい人がマンガ家になっているとは限りません。下手な人もよく見かけますが、「へたうま」と言われているものもしばしばみかけます。
また、マンガ界では助手に描かせることがよくあるので、作者本人の手で描かれていないことがよくあります。
「佐藤まさあき」というマンガ家を知っている人は少ないかもしれませんが、「堕靡泥の星」(ダビデの星)がヒットしており、6、70年代頃に大活躍していた方です。
かなりの美男だったそうですが、顔写真は見たことがありません。家の中に(庭ではない)滝の流れる豪邸を建てたというので有名です。タイプ7w8と判定しています。
暗いハードボイルドものを描いていますが、いわばヒールを主人公にしています。このブログの8月11日づけで述べていることと一致します。(タイトルは“ヒーローよりヒールに感情移入する”)
佐藤まさあきさんは、女性キャラクター(上の表紙絵の女性)をアシスタントに描いてもらっていたようです。男の主人公(神納達也・右下の男性)と比較すると全く違うので、描き手は佐藤さんご本人ではない、とすぐに予想できるものですが。
タイプ7w8は、「長男気質+おとうさん気質」ですから、男性性の強い気質です。女っぽい女はあまり描けないだろうと予想されます。
同じく、永井豪さん(7w8)の描く女性も、女っぽいとか色っぽくは見えません。超ボインの裸体をよく描いていますが。
楳図かずおさん(7w6)の描く女性は美女ではありますが、どこかお人形さんみたいです。女性っぽいという感じはしません。ですから、文章だけでなく絵にも、作者の気質は浮き出ると考えられるのです。
マンガ家の本宮ひろ志さんを知らない人はいないのではと思います。めっぽうケンカに強い熱~い男を描いています。その彼がインタビューに答えています。(青字の部分、『マンガ道、波乱万丈』より転載)
自分が描いたマンガのせいか、俺も男の中の男みたいに思われているけど、漫画家というのは、手塚治虫さんしかり、ある種の女性体質だと思う。でなければ男があんなに可愛い女の子を描くことなんてできませんよ。もちろん、俺も本当のところは、かなりあると言わざるを得ませんね。
本宮さんのエニアタイプをタイプ2w1と判定しています。最もわかりやすいタイプ2と言えるくらいです。サラリーマン金太郎はしょっちゅう人から助けられたりしています。ちなみに、手塚さんもタイプ2w1と判定しています。
タイプ2は、「人を助ける人helper」という呼称がついているくらいですから、他人を助けることもあるが、自分も他人から助けられるかも、などと甘いことを考えやすいところがあるタイプです。
しかし、現実ではそうならず、こんなはずではなかった、自分はもっと認められてよいはずなのにと、後悔したり、悩んだり、恨んだりしている人もいると思います。
また、このタイプ、「男が男に惚れた」と言う言葉も好きらしくてよく使っています。金太郎も男の中の男なので、よく惚れられるというストーリーです。また、「男になれ!」とか、「俺は男だ!」とか、男、男と連発しますが、それは女性性の強い気質ゆえの願望なのでしょうか。
本宮さんの作品をみると、男っぽい雰囲気が色濃くあるように見え、また、彼の顔写真から見ても男っぽくて、「ある種の女性体質」があるようには見えません。でも、本人がそう言っているのですから…。
当会の理論では、タイプ2を「お母さん気質」とも呼んでいます。それゆえかタイプ2の男性は、男性ではあるが、どこか女を感じさせます。
たとえば、女友だちと料理の話で盛り上がったり、妻の家事の仕方に注文をつけたりと、関心が主婦的です。
また、女性の輪の中に自然に入って行くことができます。それはタイプ7の男性には難しいことなのですが。これに関する理論は以下に掲載しています。よかったら、一度お読みください。
http://www.mirai.ne.jp/~ryutou-m/eneagram/static/theory7.htm
友人の夫はタイプ2w1です。息子が高校に合格して学生服を新調するために夫婦で店内に入ったのはいいが、夫のほうがあれこれと注文が多く、友人(妻)は口を挟むことができなかったと言います。
「どちらが息子の母親なのかわからない」と友人はボヤいていました。この日まで、夫のことを男っぽいと言って抗っていましたが、この件で、ようやく私の説いていた「お母さん気質」という理論に納得がいったようです。
タイプ8やこのウイングのある父親が息子の学生服に関心を向けるなど考えられません。それは母親の関心事であり、母親の役割ですから。
とまあ、こんなふうに、こちらの理論を立証できる材料は、あらゆる所から見つけ出せます。しかし、この理論、まだまだ一般に知られていません。いつかは認知されるだろうと思っておりますが。
初対面とか、よく知らない人を目の前にすると、怖がりで緊張しやすい人は、相手を警戒したような目で見つめている(A)か、視線を合わせていません(B)。
Aであれば、無表情か、または怖い顔つきになってしまうのです。上目線だと見られることもあるほどです。それで生意気だとか、気取っている、えらそう、などと陰口を叩かれる怖れもあります。
Bであれば、相手のほうは「自分は嫌われている」、「自分のことを無視した」などと考えている可能性があります。
このように思われたら、その後のコミュニケーションがうまく行くとは考えられません。従って、最初が肝心です。
アドバイスとしては、「ちょっと微笑んで会釈」を心がけるようにしましょう、になります。その後は、「ときどきうなづく」 ときに、「ハイ! ええ! そうですね! とハキハキと返事する」というものです。
それだけで、たいてい表面的なコミュニケーションであればうまく行きます。疑っておられるならば、一度トライしてみてください。非難の的にならないとわかるのではないでしょうか。
さて、コミュニケーションが大切だと考える人は、たいてい本人がおしゃべりです。そして、おしゃべりな人は、自分がしゃべりたいばっかりで、相手の話を聞こうとしていない場合が多いんです。
「ああだこうだ、あなたはどう思う?」などと尋ねられるので、答えようとしているのに、「私はこうこうで…」と、素早くまくし立られます。それで、「なんだ、尋ねてなんかいないのか」と、思うことはよくあります。
このような人たちは、相手のことをあまり観察していないのです。微笑んだ顔とハキハキとした返事だけで、十分にコミュニケーションを取れたと、当人は思っています。たぶん!?
なお、私自身、30年前くらいですがトライしています。職場の怖い先輩に対して、一年間ずっと聞き役をして、ずっと上記の3点セットをやっていたのです。それで、気に入られて困ってしまったほどです。
女性が二人だけの職場で、男性たちはいつも外に出払っていました。ですから、どうしても気遣わねばならない相手でした。自分の本音を出したことがありません。
私のほうでは、まるで私の話を聞いてくれない先輩に過ぎなかったのです。でも、嫌ってはいませんでした。その職場を辞めた後も、自宅まで遊びに寄っていらしたことがあります。
ここも大きな誤解に基づくものです。私にとってはコミュニケーションしたとは到底思えないもので、いつも一方通行です。話している相手方のことなど、本当には関心を持っていないのです。そういう人はたくさんいます。と、思います。
ところで、世の中のほとんどのところで誤解が渦巻いています。互いに誤解だと、その都度疑問に感じたり、逐一確認し合ったことがほとんどないので、人間関係が険悪にならずに済んでいるだけ、だと思っております。
良い誤解をされるためには交通ルールを守りましょう。あ、ちがった! 上記の三点セットを活用して、コミュニケーション上手に見えるように装いましょう。
いつもニコニコとして愛想のいい人がいます。エニアタイプならば、まずは、2w1と7w6から探します。次は、1w2・4w3・4w5・6w7・7w8から探します。
むろん、このタイプの人たちの全てが愛想よいのではありません。また、このタイプの確率が他のタイプより高いというだけのことです。
ところで、この社会では「愛嬌がある」とか「愛想がいい」ことを求められることが少なくありません。よく主張しているのが、タイプ2w1の人たちです。
「笑顔」は、他の人たちにも良い影響を与える、笑顔の効能は高く、周囲にいる人たちを幸せにするというのです。本当にそうなのでしょうか?
私自身体験していることですが、不安感が強い時、落ち込んでいる時、うつ的になっている時などは、他人の笑顔をみると避けてしまいました。
笑顔の人は、こちらに近づいてきたりします。上記のような精神状態の時は、近づいてもらいたくありませんからね。また、君の幸せは君だけのもので、私の幸せにはならない、という感じです。
でも、ほんのちょっと落ち込んでいる程度であれば、他人の笑顔をみて気分が変わることがあるかもしれない、とは思います。無きにしも非ずというくらいです。
心理状態によっては、なんかうっとおしい奴!と思うこともあると思ります。また、上記のタイプの中には、笑顔で取り繕っている、あるいは、儀礼的に笑顔で挨拶しているだけ、ということもしばしばあります。
そういう人たちに対して、こちらも無理して挨拶したり会話するなどしたくないものです。しかしながら、タイプ2w1は多数派です。それゆえ、笑顔に高い価値を認めているというのが一般的な風潮になっているとも考えられます。
また、出会う確率が最も多いのがタイプ2w1です。であれば、「ちょっと微笑んで会釈する」という事を心がければ、非難されることも減るはずです。
また、不機嫌そうにしているよりは、ちょっと微笑んで、おとなしくしている人のほうが目立たず、大抵の場に調和します。おかしな人間に見られません。
積極的に取り入れても損することはありません。または、交通ルールの一種だと思ってもらえればいいのです。
「人と人がコミュニケーションするなんて、できるわけがありません。お互い違う脳ミソで、違うことを考えているんですから」と、インタビューに答えている男性がいます。
マンガ家のさいとうたかおさんです。エニアタイプはタイプ8w7と判定しています。また、「相手の話こそ聞きますが、それでコミュニケーションが深まるとは思いません」と言う。
このインタビュアをした桐山秀樹さんは書いてます。「人と人とのコミュニケーションと称して、理由もなく群れたがる日本人の心をさいとうは、マンガ「ゴルゴ13」によって絶えず狙撃し続けてきた」 (以上青字は、『マンガ道、波乱万丈』より転載している)
さて、この考え方を知り驚く人もいるかと思いますが、さいとうさんのようなタイプは千から万人に一人くらいしかいないとみています。彼は共感したり理解できるような人たちとは、一度も出会ったことがない可能性があります。
つまり、ずっと孤独のままで、表面的なつきあいしかしていないと考えられます。それは当たっているのかわかりませんが、その可能性があります。そうであれば、上記のようなことを語るのはよく理解できるところです。
また、タイプ8だけでなく、他の少数派であまりお目にかかれない「1・3・5・6・9」なども他者の言うことが理解できない共感できないことがたくさんあるはずです。その他、エニアとは関連性のない「社会的少数派」にとっても同様です。
つまり、コミュニケーションが上手であっても、相手の言うことが理解できず共感もできないならば、人とうまくつきあっているとは言えません。聞いているだけか、表面的に合わせているだけのことです。
自分のことを理解してくれない人たちを前にして、自分の考えや本当の気持ちを話すことはめったにないものです。深い話をするなど有り得ないでしょう。こういう人たちは予想以上にいます。孤独な人は多いのです。家族に囲まれていてさえも、です。
それゆえ、「自分は孤独だ」とか、「自分だけ特別にコミュニケーション能力が足りない」というものではありません。実態は、あなたの予想と大きく違うかもしれません。
さらに言えるのは、深いコミュニケーションができている友人たちが理解しあっているとは限らないことです。それどころか、その友人のことを他所でボヤいたり悪口さえ言っていたりします。
しかも、かなりあります。となれば、一体、なんのためのコミュニケーションなのでしょうか。会話がうまくなっても意味も価値もありません。
また、芸能人の話やレストランの話をしたところで、コミュニケーションが取れているというものではありません。ひとりが怖いので、むやみに、また、意味もなく、ただ、口を開いているだけです。
ですから、表面的に見ているだけでは、真実というものに気付くことはできないとわかるのではないでしょうか。
コミュニケーションが上手い人たちをを羨んでいたならば、それは大きな誤解に基づいたものだ、という可能性があります。
済みません。疲れてしまいましたので、続きは次回にします。
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