そこに、いつごろ創建されたのかわからない古い塔が、一面に生い茂った葦原に囲まれて立ち尽くしている。風が吹くと葦原がざわざわに唸りだす。なぜか、懐かしさに一杯になる、あの塔…。ずっと探し続けている。塔の秘密を解き明かすのは誰? 
[1803] [1802] [1801] [1800] [1799] [1798] [1797] [1796] [1795] [1794] [1793]



ナポレオン(8w7)は戴冠式で自らの手で王冠を戴きました。

一方、豊臣秀吉(2w1)は自ら朝廷に近づいて、関白とその後に太政大臣という位を得ています。

徳川家康(2w1)も、朝廷から征夷大将軍という位を任命されました。

しかし、織田信長はタイプ8です。任命されたいと思うはずがないのです。

信長が連戦連勝している時期の1575年。天皇から「信長を副将軍に任命したい」という意向が信長に伝えられます。

が、信長は何の返答もせず、事実上無視しました。以下に掲載。

信長
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B9%94%E7%94%B0%E4%BF%A1%E9%95%B7

朝廷は力を増した信長を恐れてか、その後も再三にわたり位を授けようとします。

右大臣などを授かりましたがすぐに辞職します。うっとおしいので一時的に受けただけではと…。

いよいよ天下を手中にできる絶頂期(1581)になると、天皇から「左大臣」に推任されます。

1582
年には太政大臣・関白・征夷大将軍のいずれかに任じようとします。

すごい大盤振る舞いです。よほどに恐れていたとしか考えられません。

それに対して信長は、「正親町天皇が譲位し、誠仁親王が即位した際にお受けしたい」と返答しています。

しかし、
翌月には、「今年は金神の年なので譲位には不都合」と言い出して延期されることになったというのですから…。

占いや方位の類は信じない信長ですから、言い逃れとして使っただけと考えられます。

その年の5月に
「本能寺の変」がありました。仮に、生き永らえていれば位を授けてもらったのでしょうか?

天下統一を果たせば朝廷を潰してしまったかもしれないと予想します。そうなれば、日本の歴史は違う道をたどったはずです。

タイプ2はお母さん気質で、権威に弱い傾向があります。強い男に従いやすいとも言えます。

http://www.mirai.ne.jp/~ryutou-m/eneagram/static/theory7.htm

タイプ8のような男を求めているのです。また、お母さんがお父さんを求めるのは自然の成り行きです。

それゆえ、「権威に認められたい」という欲求が強いタイプで、逆に反権威的にもなりやすいとも言えます。

タイプ2は、日常的にも「認められたい」という言葉をよく使う人たちです。

認めてほしい……2・6・1
愛してほしい……8・3・7
わかってほしい……5・9・4 (注*3つの内、一つの比重が重い)


しかし、タイプ8はお父さん気質です。強い男は倒さねばならないという気質です。一番に強い男になりたがる男性だからです。

朝廷という権威も、自分の権力で潰せると考えるはずです。


タイプ8の気質を知れば、信長の朝廷への振る舞い方は一目瞭然に判ります。

そして、信長とナポレオンは同じ気質で、女に弱い人たちです。

が、それは次回に取り上げたいと思います。

拍手[4回]

カレンダー
07 2017/08 09
S M T W T F S
7 8 9 10 11 12
13 15 16
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
竜頭 万里子 (りゅうとう まりこ)
性別:
女性
職業:
講師・カウンセラー・ライター
趣味:
読書・散歩
ブログ内検索
カウンター
バーコード
アクセス解析
【 ♥ イラスト提供:Night on the Planet ♥ 】