そこに、いつごろ創建されたのかわからない古い塔が、一面に生い茂った葦原に囲まれて立ち尽くしている。風が吹くと葦原がざわざわに唸りだす。なぜか、懐かしさに一杯になる、あの塔…。ずっと探し続けている。塔の秘密を解き明かすのは誰? 
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あまりにも暑くて、いつもならばジョギングなどして、結構、健康オタクなのですが、この頃は室内で25度の温度設定にして、読書に興じる毎日です。

先週、読了したものは、『雑兵物語、おあむ物語、おきく物語』(岩波文庫)という、江戸期の武人の間で珍重された書物です。そして、今週になって読んだものは、『夢酔独言』という勝海舟の父親で、勝小吉という人物が、天保14年(1843)の頃に書いたものです。どちらも驚くようなエピソードが満載で、ぜひ紹介したいと取り上げました。

「雑兵物語」のなかに「京の人のものいひ今のごとくにはあらず、今の人いふところは、多く尾張の国の方言よれるなり。これは信長、秀吉の二代うちつづきて、天下の事なり給いしによれるなり。又、近きほどは三河国の方言の移り来たれるなりと、云ひしとのたまひしなり」

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渡辺京二著の『逝きし世の面影』を読むと、江戸という時代があったことで、現在の日本社会を考えさせてくれました。また、自分のルーツを探すことで自分という人間を顧みることができたような気がします。

この本は5回くらいは再読していますが、その後も日本を訪れた外国人の日
記や旅行記などを探し出しては読み続けています。少しでも日本の社会を客観的に見られるとしたら、比較できる立場にいる人たちではないでしょうか。旧来の日本史にはない視点が、面白くて止められません。

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日本という国は「総無責任社会」なのだということを、福島原発事故から改めて知りました。で、ふと、かつての東京裁判(極東国際軍事裁判)なるものはどうだったのかと思い出しました。確かA級戦犯は処刑されたので一応責任は追及できていたようです。

なお、戦犯たちが何と言っていたのかはウィキ罪状認否」の項にあります1946年5月6日、大川周明をのぞく被告全員が無罪を主張した」とあります。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%B5%E6%9D%B1%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E8%BB%8D%E4%BA%8B%E8%A3%81%E5%88%A4


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この夏は、内田樹さんの著書ばかり読んでいます。たまに読みにくいものもありますが、ほとんどは夢中になりすぎて、夜更かしが連日続いてしまう。私からは当然だと思うようなモノの見方をしていると思うのですが、ある意味、他の誰もやっていない切り込み方をしている。凄い人です。

昨夜、読み終えたのは、『街場の戦争論』です。
そこで知ったのですが、日本は「普通の敗戦国ではなかった」ということです。日本ほど徹底的で完璧な敗けをした国は他に無さそうなのです。

まさかと思うのですが、日本と同じく無条件降伏したドイツは主権を取り戻している。一方、日本は…、

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岩上安身による『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』

著者・矢部宏治氏インタビューhttp://iwj.co.jp/wj/open/archives/302909

会員以外でも見られます。
動画2時間 1年間限定フルオープン!

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20年余も前に読んだ『ゲト戦記』から、作者であるアーシュラ・K・ル=グウィンの作品を「全部読むぞ!」だなんて親しい人に宣言したことがあります。

それなのに、どういう訳かずっと忘れていたのですから、どうかしてます。というよりも、私はどうも浮気性で気が多くあれこれ手を広げ過ぎてしまうきらいがあるみたいです。それで大切なことも失念してしまう、失敗するというソコツ者です。

久しぶりに読み直したのは『西の果ての年代記』です。


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明けましておめでとうございます。
なんだか嫌なことばかり続いていますね。とくに昨年はアベ政権に翻弄され、これから日本の社会はどうなって行くのかと不安になることばかりでした。

でも、時の権力者はいつの時代でもずっとやりたい放題だったのだと、ふと気づくようになって気持ちが落ち着いてきました。

私は中学生の頃から歴史が好きで、歴史教科書は手に入れたらすぐに最後ページまで読むほどでした。とくに古代史に惹かれていましたが、現代史は通り一遍で、世界史も同様で近代史にはあまり惹かれませんでした。

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どうしてだか気づいた時には、私は“丸腰派”でした。20代前半の頃からですが、その頃から右も左も、つまり自民党も共産党も軍隊や軍備は必要だという考え方をしていました。

憲法九条は堅持すべきだと、とくに深く考えることもなく‥、ただ理想を追っていただけなのだと思います。しかし、よくよく考えてみたら戦後70年間ずっと戦争に巻き込まれなかったのですから、「丸腰憲法」でよかったんだ、充分に機能したのだ!と今では思っております。第一、そのほうがカッコいい!”って思ってしまう。

また、誰かと群れてともに何か起こすとか、組織に入るよりも、一人で行動する人間のほうが、ダントツにカッコいい! という美意識があるような。

一か月前に参院で「
テロ非難決議」で、ただ一人で棄権した山本太郎さんは私にとってはまさしく英雄です。ついでながら、AKB48とかEXILEとか嵐というようなグループ活動している人たちにに惹かれることも、これまでゼロです。スポーツも、野球やサッカーよりは、スキーやテニスのほうに惹かれます。

さて、読了したばかりの本のタイトルは、『グランド・ゼロからの出発』で、鶴見俊輔とダグラス・ラミスの共著です。
そこに、
1930年代にフランスの作家らによる反戦の呼びかけに応えて、東京に「クラルテ」というグループができたこと。30人ほどが集まったが日中戦争が始まった時、ハッキリと反戦の立場に立ったのは一人宮本百合子だけと、鶴見さんは述べています。

宮本百合子の著書は少し読んでいましたが、このようなエピソードははじめて聴きました。超カツコいいです。読み逃している『伸子』、早速に読まなくっちゃです。

絶対絶命の時にこそ、カッコよくなりたい!というのが私の理想というか願望です。ただの願望にはしたくないですが、そんな日が来たらどうしょう…、

ところで、軍隊を持たない国はどこなのか調べたことがあります。
軍隊放棄と憲法で明文化しているのは、世界で日本を含めた3ヵ国だけで、日本、コスタリカ、パナマでした。

このコスタリカが、「ともに平和憲法を保持してきた日本と中米コスタリカの両国民に共同で2015年度のノーベル平和賞を」と、ノーベル委員会に提出したというニュースがありました。以下です。

http://webronza.asahi.com/politics/articles/2015021700001.html

なお、上記著書の中でダグラス・ラミスさんが語っていることですが。

1920世紀にかけて、中南米の国は軍を持つとすぐに軍事クーデターが起きました。すると軍事政権となり戒厳令となるわけです。軍を持てば民主主義が潰される。中南米の国はそれの繰り返しです。だから、コスタリカは軍を持たない。軍部を持つと怖いと。軍部を持つと我々をいじめる。そういう意識で憲法が作られたわけです。かなり賢い。つまり、安全保障を犠牲にして軍部を廃止するのではなくて、軍があったほうが危ないから、つまり、自分たちを守るために軍隊を作らないという憲法を設けたわけなんです」

それで日本の自衛隊法はどうなっているのかと調べてみたら…。以下にあるように、治安出動を命じられた場合の武器使用について取り上げられています。丸腰の市民でも、危険だとみたら武器を使用するってことなのか?

そして、子ども向けのサイトには、治安出動に関しては何も書いてありません。キレイごとにしている。幼い時期から洗脳している。「ウソはつかないが本当のことは言わない(書かない)」という、いつもの手です。


★自衛官に認められた武器使用規定
http://www.asagumo-news.com/techou-pc2014/bukishiyou/bukishiyou2013.html

自衛隊法第89条第1項 治安出動について
自衛隊法第90条第1項治
安出動を命ぜられた自衛官について、準用する警察官職務執行法第7条の規定により武器を使用する場合のほか、職務上警護する人などが暴行・侵害を受け又は受けようとする明白な危険がある場合などにおいて、武器を使用するほか、他にこれを排除する適当な手段がない場合などの武器の使用を規定。

★防衛省・自衛隊の任務・子ども向けサイト
http://www.mod.go.jp/j/kids/understand/duty.html

防衛省・自衛隊の任務として3つ上げている。
災害(さいがい) などが起きたとき、人々の命と財産(ざいさん) (家などの大切な物)を守ります。
②日本を侵略(しんりゃく)(他国が() め入ってくること)から守ります。
国際(こくさい)平和協力活動、防衛交流などで、国際社会の平和と安定をめざします。


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金子光晴の詩『反対』はよく知られていますが、『奴隷根性の唄』 は知りませんでした。生まれは1895年ですが古さを感じさせません。ちなみに彼は愛知県の津島出身です。

この詩を理解したかったら、大杉栄の『
奴隷根性論』と併せて読めばわかる、と、つぶやく方がいて、早速に読んでみました。ともにアナーキーな考え方をしている人です。

なんだかアベさんとそのお友だちのことを言っているような気がしませんか。奴隷の酋長って感じですかね。
えっ、私ですか?少なくとも私は自分が奴隷に過ぎず、民主主義国家の一市民に生まれたなどとは思っていません。


★青空文庫 大杉栄の
奴隷根性論』 文でhttp://www.aozora.gr.jp/cards/000169/files/1006_13470.html


…奴隷根性の唄…
                               
金子光晴


 奴隷といふものには、ちょいと気のしれない心理がある。
じぶんはたえず空腹でゐて、主人の豪華な献立のじまんをする。
奴隷たちの子孫は代々背骨がまがってうまれてくる。
やつらはいふ。『四足で生まれてもしかたがなかった』と。

といふのも、やつらの祖先と神さまとの約束ごとと信じこんでるからだ。
主人は、神さまの後裔で、奴隷は、狩犬の子や孫なのだ。
だから鎖でつながれても、靴で蹴られても当然なのだ。
口笛をきけば、ころころし、鞭の風には、目をつむって待つ。

どんな性悪でも、飲んべでも、陰口たたくわるものでも
はらの底では、主人がこはい。土下座した根性は立ちあがれぬ。
くさった根につく、白い蛆。倒れるばかりの、大木のしたで。

いまや森のなかを雷鳴が走り、いなづまが沼地をあかるくするとき
『鎖を切るんだ。自由になるんだ』と叫んでも、
やつらは、浮かない顔でためらって、『御主人のそばをはなれて
あすからどうして生きてゆくべ。第一、申訳のねえこんだ』といふ。

奴隷は、奴隷の境遇に慣れ過ぎると、
驚いた事に自分の足を繋いでいる鎖の自慢をお互いに始める。
どっちの鎖が光ってて重そうで高価か、などと。

そして鎖に繋がれていない自由人を嘲笑さえする。
だが奴隷達を繋いでいるのは実は同じたった1本の鎖に過ぎない。
そして奴隷はどこまでも奴隷に過ぎない。

過去の奴隷は、自由人が力によって征服され、やむなく奴隷に身を落とした。
彼らは、一部の甘やかされた特権者を除けば、
奴隷になっても決して、その精神の自由までをも譲り渡すことはなかった。

その血族の誇り、父祖の文明の偉大さを忘れず、隙あらば逃亡し、
あるいは反乱を起こして、労働に鍛え抜かれた肉体によって、
肥え太った主人を血祭りにあげた。

現代の奴隷は、自ら進んで奴隷の衣服を着、首に屈辱のヒモを巻き付ける。
そして、何より驚くべきことに、
現代の奴隷は、自らが奴隷であることに気付いてすらいない。
それどころか彼らは、奴隷であることの中に自らの
唯一の誇りを見い出しさえしている。

(「人間の悲劇」から)

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友人から坂口安吾が著した文を紹介されて、すぐに読んだのが坂口安吾著の『島原の乱雑記』です。坂口安吾は好きな作家ですが、読んでいないものがたくさん残っています。

青空文庫にあるものゆえ、あなたもすぐに確認できると思います。少し転載(
青字)しています。短文です。以下にあるように、3000人の「切支丹キリシタン」である女と子どもたちが、「みんな喜んで死んだ」と、あるところに違和を感じます。

斬首される恐怖で思考停止するなどであれば理解できますが、あるいは、強い信仰心があれば喜んで死ぬことができるのかと…。で、思い出したのは少し前に聴いていたIWJの岩上安身さんによる
上村静氏インタビューです。

島原の乱で三万七千の農民が死んだ。三万四千は戦死し、生き残つた三千名の女と子供が、落城の翌日から三日間にわたつて斬首された。みんな喜んで死んだ。喜んで死ぬとは異様であるが、討伐の上使、松平伊豆守の息子で、甲斐守輝綱(当時18)の日記に、そう書いてある。

★坂口安吾著の『島原の乱雑記』 【青空文庫】http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/45863_33229.html

屍体をとりかたづける人足もなく、まして、あとを耕す一人の村民の姿もなかつた。白骨の隙間に雑草が繁り、なまぐさい風に頭をふり、島原半島は無人のまゝ、十年すぎた。十年目に骨を集め、九州諸国の僧をよびよせ、数夜にわたつて懇に供養し、他国から農民を移住せしめた。

★上村静氏インタビュー(前半)http://iwj.co.jp/wj/open/archives/215322
 
上村…罪の問題はとても複雑です。キリスト教徒にとって、死んだあと救われないことは、とてつもない恐怖だった。そのために金で解決できる免罪符が利用され、それにルターが反発した。(一部のみ聞けますが、現在、会員でなければ全編を聞くことができません。

★原罪とは
http://www.gotquestions.org/Japanese/Japanese-original-sin.html


キリスト教では、「人はみな罪人である」と教えられており、それを「原罪」というようですが、当時、新興宗教であったキリスト教は、信仰すれば救われ、信仰を捨てたら救われなくなると説教していたようです。

つまり、世界の終わりまでずっと罪人のままってこと? ゆえに終末まで地獄に居ることになるのか…(?)

他の宗教の多くは、善い行いをすれば救われて天国に行けるが、悪い行いをすれば地獄に行くという教えが一般的みたいです。ただし、宗教に無関心でしたから知らないことばかりで、ここは間違っているかもしれませんので、そこはご容赦願います。

島原の乱は1637年のことです。徳川幕府はキリスト教を禁じて、踏み絵によって信徒をあぶりだして徹底的に弾圧しました。

なぜ過酷な拷問に耐える信者が多かったのか私は理解できずにいました。私ならば死の恐怖には打ち勝てないはずだと。しかるに「喜んで死ぬ」ことができるなど想定外です。3000人の女と子どもたちがそれを信じることができた…。

しかしながら、死んだあとがある(らしい。私は無いと思っているが)。で、死んだあとになって救われないとわかったら、それほどの恐怖に耐えられる人はおりましょうか。

信仰を捨てないほうを選ぶしかありません。というより、信仰を捨てずにいたら天国に行けると約束されていたならば、喜んで拷問を受け、喜んで死ぬはずです。

恐怖で煽っていたのか(?) 強い信仰心とは恐怖心由来のものだったのか‥

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