そこに、いつごろ創建されたのかわからない古い塔が、一面に生い茂った葦原に囲まれて立ち尽くしている。風が吹くと葦原がざわざわに唸りだす。なぜか、懐かしさに一杯になる、あの塔…。ずっと探し続けている。塔の秘密を解き明かすのは誰? 
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「自虐の歌」の主人公・幸江は、幸せの見つけ方がうまいと前回紹介しています。たとえば、幸江は、イサオと出会った楽しかった頃のことをよく思い出します。

隣家のおばちゃんに、その頃のイサオの話をしています。のろけているだけなのですが…。また、「いい匂い」とイサオの服や体の匂いにうっとりします。そのシーンを数えるとなんと7回もあります。

イサオの他人を威嚇する強さにうっとりして、その男っぽいところに惚れています。また、イサオに金をだまし取られたり、ヘソクリも盗られますが、その金で花や服などをイサオに買ってもらうと、「あらうれし! 」です。元々は「私のお金なのに…」

この漫画、ちゃぶ台返しの場面はなんと52回もあります。が、幸江は否定的に受け取っていません。「(私を)ケガさせないように工夫してくれる、気遣ってくれる」と言うのです。究極のポジチィブシンキングです。

イサオは他家の庭から花を手折り、幸江に何気なく手渡します。しかし、幸江はそれをとがめるのではなく、自分の誕生日を忘れないでいることに感激し涙します。よくあるような「盗んだ物をもらっても、うれしくない!」と責めたりはしないのです。

このマンガに感動している読者は、幸江のそんな愛らしさ、いじらしさに涙しているのでしょうか? そんな気がします。しかし、男の手前勝手なところに着目する人からは、不評になるようです。

ところで、「幸運な人が常によい機会に恵まれ、不運な人が機会に恵まれないのは、彼らの行動や考え方に原因がないか」を確認する実験をした人がいます。

ハートフォードシャー大学のワイズマン博士です。何百人ものボランティアに面接して話を聞いたり、彼らの経験を尋ねました。そして、2つのグループの違いが、チャンスを見つける能力の違いからくるのか、テストをしました。

幸運グループと不運グループの両方に新聞紙を与え、「新聞の中に何枚写真があるか?」と質問しました。実は新聞の半分くらいのところに大きなメッセージで、「この文字を見つけたことを伝えると50ドルもらえます」と言う文が書かれていたのです。

この文は5センチ以上の活字で印刷され半ページほど占めており、まさに目の前に来るようになっていましたが、不運グループはそれを見逃す確率が高く、幸運グループは見つける確率が高かったそうです。

不運な人は何かを探すことに集中しすぎて、別の良い機会を見逃すことになり、結果として不運になってしまう、というものです。

2月末に知人(タイプ4)からメールが届きました。「幸せは 獲得するものでもなく 訪れるものでもなく 気づくものだと思う」

しかし、努力しないと獲得できない幸せ、というものもあるだろうと思われます。突然に思いがけなく訪れる幸せもあるのではないでしょうか。

でも、幸せは「気づくものだ」という捉え方は、一番、幸せの近くにいるものではないかと、そんなふうに思います。幸せというものは、外から来るものではなく、自分の中にあるもの、自分の意識の向け方にあるからではないでしょうか。

 

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